新国立劇場の芸術監督選出に関して鵜山氏が会見、「自らは退任の意思表示はしていない」

 6月末に発表された新国立劇場演劇部門の次期芸術監督の選出方法をめぐる問題で、渦中の鵜山仁氏が7月28日に記者会見を開いた。


記者会見で質問に答える鵜山氏



 この中で、鵜山氏は「自分では芸術監督の再任にあたり、続投の意思があるともないとも公式には退任の意思表示はしていない。芸術面の評価について不適格ということならば素直に受け入れるが、『忙しいから辞めたい』というような個人的な事情に帰することはひとり私という芸術監督のみならず、芸術監督制そのものを矮小化することになる。財団執行部には今回の芸術監督制の精神をないがしろにするようなやり方について、強く反省を求めたい」としている。
 一方で、「今、新国立劇場と訣別するつもりは毛頭ありません。今後二年間、芸術監督の任期をしっかりつとめ上げる、これが私にとっての最優先課題です。そのことを通して、この劇場をもっと開かれた場所にしていきたい。そのためには、劇場内外でのコミュニケーションの不備、その原因となった問題点を明らかにし、これを取り除き、信頼関係を回復する必要があります」として、今回の問題で傷ついた劇場制作側との絆を、修復していきたいと語った。
以下が鵜山氏が28日に発表した声明文。


今回の発言について
 問題とすべきは、「芸術監督」に対する新国立劇場運営財団の姿勢です。
 この間、6月23日に理事会、24日、30日と記者会見が二度開かれ、その後「有志演劇人からの声明」へと至る経過を見聞きするにつけ、「粛々と進行した」とされる選考委員会から理事会に至る経緯に、かなり不自然な部分があったと考えざるを得なくなりました。
 更に、7月14日付で、財団から回答書が出、これを私は配布後に見せられたのですが、これまでのいきさつについて反省の言葉はなく、守秘義務という言葉を盾に、永井愛さんは裏切り者扱い、また私自身の発言が不可思議な文脈で引用されるに及んで、とにかく言うべきことは言わなければと考えました。「芸術監督」を扱うにあたっての強引なやり方に対して、劇場の内外を問わず、アートの現場ははっきりと反論すべきだと思います。
 今回の一連の動きの中で私がこだわってきたのは、演劇芸術監督の再任の可否に関し、続投の意思があるともないとも、私からの意思表示は公式には一切していない、従って「自分の意思で」ということを退任の理由にはしないでほしい、この一点です。
 芸術監督の評価は、第一義的には、芸術面の成果にかかわる評価でなければならないはずです。そういう意味で私が不適格だと判断されれば、素直にその評価を受け入れます。しかし退任の理由を、「忙しいから辞めたい」とも受け取られかねないような、個人的な事情に帰することは、ひとり私という芸術監督のみならず、芸術監督制そのものを矮小化し、本来なされるべき評価を曖昧にすることにつながる。評価をする方もされる方も、個人の損得や体面、身の安全を気にして口をつぐむのではなく、むしろ開かれた議論を楽しむことこそ、劇場という場の誇りだと思います。
 新国立劇場の芸術監督には人事権も予算執行権もありません。だからこそ、制作現場や財団執行部との風通しのいい自由なコミュニケーションと、相互の信頼関係だけがたよりです。コミュニケーションが取りづらいことの一因に、確かに私の多忙ということがあったかもしれません。これについては大いに反省し、外部演出に関して、来シーズンは再演もの3本にとどめるつもりで、そのことは既に調整済みでした。
 私は今、新国立劇場と訣別するつもりは毛頭ありません。今後二年間、芸術監督の任期をしっかりつとめ上げる、これが私にとっての最優先課題です。そのことを通して、この劇場をもっと開かれた場所にしていきたい。そのためには、劇場内外でのコミュニケーションの不備、その原因となった問題点を明らかにし、これを取り除き、信頼関係を回復する必要があります。お互いに改めるべきところは改め、本来あるべき方向に一歩を踏み出すためにも、財団執行部には今回の、芸術監督制の精禅をないがしろにするようなやり方について、強く反省を求めたい。是非これに答えて、誠意ある声を聞かせてほしいと願っています。

7月28日

鵜山

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