世界的に活躍した舞踏家の大野一雄が呼吸不全で1日午後に亡くなった(103歳)。葬儀は近親者で行い後日お別れの会を開く予定。喪主は次男で舞踏家の慶人さん。
日本体育会体操学校(現日本体育大学)在学中、舞踏家を志してモダンダンスを学んだが、太平洋戦争で従軍。復員後の1949年43歳で初公演。以後も教員として働きながら、活動を続けた。
その後、暗黒舞踏の土方巽と出会って舞踏に転換、日本人の内面的な身体表現を重視しながら活動を展開し、「BUTOH(舞踏)」を世界に広めた。80年『ラ・アルヘンチーナ頌』をフランスのナンシー国際演劇祭で舞い、絶賛を浴びた。以後、海外公演が相次ぎ、世界の「カズオ・オオノ」として名声を確立する。他の作品は『わたしのお母さん』『花』など。
晩年は体力の衰えから車椅子に座ったままでの身振り手振りだけの踊りなど、最後まで踊りへの意欲は衰えなかった。99年、イタリアのミケランジェロ・アントニオーニ芸術賞。息子の大野慶人さんも舞踏家。
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