7月26日(金) — 8月11日(日) 下北沢:ザ・スズナリ
●創案=ロバート・バーガー、パトリック・ダニエルズ、アービン・グレゴリー
●翻訳=小澤緑
●演出=坂手洋二、ロバート・バーガー、パトリック・ダニエルズ、アービン・グレゴリ–
●音響デザイン=ジェイミー・メレネス
●出演=川中健次郎、中山マリ、大西孝洋、下総源太朗、猪熊恒和、千田ひろし、丸岡祥宏江口敦子、樋尾麻衣子、宇賀神範子、向井孝成、瀧口修央、宮島千栄
評価: ★★★★★ (Excellent)7/26(夜)所見
坂手洋二率いる燐光群の制作会社グッドフェローズと、リチャード・フォアマンの来日公演のプロデュースなどを行っているアムアーツの共同プロデュースによる公演。
CVRとは飛行機事故の原因究明のために、事故現場から回収される通称ブラック・ボックスーコクピット・ボイス・レコーダーの略で、舞台では実際に起きた6件の飛行機事故でCVRに残された記録を再現し、極限状態における、人間の心理をリアルに描き出す。
ニューヨークでのオリジナル版は、2000年NYドラマデスク賞2部門、NY国際フリンジフェスティバル賞の2部門で受賞しただけではなく、突然の危機に直面した人間の心理を見事に映していたことから、航空業界や国防総省、医療界などから熱烈に受け入れられたという。
舞台中央にコクピットらしきものが置かれ、その向こう側に客席と相対する形で廃油たち演じる操縦士たちが座る。6つのオムニバス形式で描かれる事故は、どれもごくごく普通のフライトをしていた乗員達が、突然危機に見舞われなんとか最悪の事態から逃れようと苦闘する姿を克明に再現する。コクピットという非常に狭い空間で、ほとんどが座った状態での会話と計器類や操縦桿の操作というミニマルな演技でありながら、観客はまさに事故現場に居合わせたかのような緊張感を味わう。そして我々がいままでニュース報道や映画やテレビドラマなどで知っていた飛行機事故というものが、いかにドラマティックに味付けされ演出されたものだったかということをも知らせてくれる。特にコクピットがあれほど飛行機特有のノイズと管制塔との無線交信でうるさいものだとは、ほとんどの観客ははじめて知ったのではないか? フラップやエルロンの出し入れなどが起す風切り音まで忠実に再現したジェイミー・メレネスの音響デザインがこの舞台のもうひとつの主役だと言って過言ではない。
ただし問題がないわけではない。それは、われわれ観客がこの作品を面白かったと感じるのが、6つの飛行機事故そのもののスペクタクル性によるものだったのではないか、そこに演劇的創造性が果たして介在していたのかどうか、という点だ。演じられているものはせりふ自体は創作であっても事実に即したものである。その意味ではよくある事故の再現ドラマと同じである。そして6つの事故のいずれにも人間ドラマというべきものはほとんど希薄である。心理的葛藤が人々の間に起こるいとますら与えないほど事故は突然起き、人々はそれになんとか対処しようとするが、あっという間に事故の結末がやって来るのだ。その意味でいえば、この作品は極めて刺激的で優れたパフォーマンスではあるが、演劇と呼べるものなのかという疑問が残る。そういった意味でも見逃せない作品である。この夏のベスト1は間違いない。
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